Amazon のカテゴリー階層

Amazonで洋書を検索しててちょっと気になったので。「C#」で検索した結果のページがこれ。
Amazon Best Sellers: Best C# 20100720
画面左のカテゴリーの階層表記の部分。

C#C++Visual Basic の子になってる。
こういう構造を見ると気持ち悪くなる。。


まあ、でも全ての書物をキッチリと木構造に還元できるのかというとそんなことはなくて。
リンネを初めとする分類の手法にしたって完全ではなく。
http://www.nulptyx.com/pub_politics04.html
にあるような、中国の百科事典の話などをみるとその限界は明らかである。

自分が木構造の分類形式に限界を感じてしまうのはきっと、Web2.0隆盛の時期のタクソノミー vs フォークソノミーの議論に負うところが大きいのかもしれない。
ポータルサイトディレクトリ型インターフェースの衰退と、タグ付けによる自由、変幻自在な分類の隆盛。
さらに集合知の理論により、タグのばらつきは淘汰され収束する、はず。


Webという仕組みから考えても、ハイパーテキストというものはどこからどこへでもリンクを張れるわけなので、タクソノミー的木構造であろうと、フォークソノミー的構造であろうとどちらでも実現可能ではあるわけだよね。
コンテンツはてんでばらばらに存在することもできる。しかしそれでは探せない、見つからないから分類する。木構造というのも分類の一種ではあるが制約が大きかったと考えるかもしれない。タグ付けのほうが可塑的で、親子関係に収まらないものも収容できる。そしてなによりWebがフォークソノミーを受け入れられる仕組みであった、と。(ん?そうなると、検索エンジンさえ十分に賢ければ探し物は見つかるわけで、タクソノミーもフォークソノミーもいらない、なんてことになる?)


話逸れたけど、つまり、C#C++Visual Basic の子であるのは木構造の限界云々というよりただの間違いだと。