ニコマコス倫理学

日進月歩、ドッグイヤーな中にずっぽり身を置いていると、じっくり考える時間が無くなり、それすら気づかず、発想や判断、行動すらもが惰性で行っているのではないかと不安に陥ることがある。その不安はDLR、SilverlightSQL Server 2008などを触っても解決される問題ではない。よけいに不安が増すだけである。


そんなとき自分は古典に頼ることがある。ある意味逃避行動ともいえるが、2000年以上の時を経ても存在している書物は伊達じゃない。


「善」とは、「幸福」とは、正しい行為とは、正しい行為を行えばそれが正義、善であるのか。それを実行するに当たり、技術、知恵、智慧の果たす役割とは。などなど。


一見とても遠回りな問題解決方法だが自分にとっては時々これをやらないと精神バランスが崩れるようである。


それにしても、パソコンもない、電気もない、望遠鏡もない、DNAが二重らせん構造をしていることも知らない。そんな時代の人間が持てる能力をフルに使って思考する様をみると、今よりも逆に思考レベルは高いのではないかと思ったりもする。もちろんギリシャ人全員がという訳ではなく、プラトンアリストテレスなどごく一部だろうが。


ニコマコス倫理学〈上〉 (岩波文庫)

ニコマコス倫理学〈上〉 (岩波文庫)

ニコマコス倫理学〈下〉 (岩波文庫 青 604-2)

ニコマコス倫理学〈下〉 (岩波文庫 青 604-2)